2011年6月11日土曜日

首相の苛立ちと外部専門家の起用を巡る検証課題

福島第一原発事故検証(5)

首相の苛立ちという現象の分析

これまで日本の原発、いや世界の原発が経験したことのない重大な事態、つまり全電源喪失・原子炉冷却不全・炉心溶解の可能性という緊急事態の対応に対して対策会議は無能であった。彼らの提案は一つ「電源車の確保配備」であった。しかし、電源車での電気供給に対して冷却装置は働かなかった。

この重大な判断ミスによって、事態の深刻化を食い止める手段を失った状態となった。多分、管首相は「地震によって冷却装置の破損も仮定できない」素人集団のような保安院や原子力安全委員会に対して深い不信感を持っただろう。

管首相でなくても、対策会議で保安院や原子力安全委員会の長が炉心のメルトダウンを起こすかもしれないという緊急事態、それが現実となれば全世界に莫大な放射能をばら撒き、環境と健康破壊を起こし、不安を巻き起こすことが明確となる事態を予測するこころ(精神)の無いことに気付く時、誰が彼らに国家の緊急事態への対応を任せられるだろうか。

菅首相をはじめ官邸のトップが抱え込んだ課題は、例えてみると、異国の軍隊の指揮を取る指導者の様に見えた。つまり、長年自民党政権下で原発推進を進めてきた政府機能(官僚やその他専門委員会)、しかも、この機能は原発安全神話を創り反原発勢力を押さえ込んできた「原発村」の住民である。この原発推進派の軍隊の中で原発の安全性を否定しかねない指揮司令を出さなければならないのである。

首相の苛立ちを首相の個人的問題にすり替えることはこの問題の本質を考える材料を失うことのように思える。何故、一国の長が焦り、感情を露にしなければならない事態が生じていたのか、冷静にその状況と背景を考えることが、この検証課題の中に含まれるべきである。

首相の焦りや感情的行動を政治の道具にしてしまうのは、政局しか興味のない永田町の人々やマスコミにとっては当然でるが、国民の生活危機、日本社会や東アジア国際地域社会を考える人々に取っては、今の内閣不信任案や政局論争は全く興味のない課題である。

それよりも、罹災者の救済、災害復旧活動、原発事故処理、震災に強い東北社会(日本)が最も優先すべき課題であり、国会議員はそのために(それのみに)専念すべきであると考える。首相の苛立ちを政局混乱の政治の道具に使うこと自体が状況を理解していない政治家たちの私利私欲の行動であると解釈されるだろう。

何も菅総理が苛立つのが正しいと言っているのではない。菅総理が苛立とうがそうでなかろうが、問題はそこでなく、その局面で問われた国家の長の判断や政府の動きが適切に行われることである。それ以外に、一秒の単位で進む危機的状況を回避する手立てはない。


事故予測を立てられなかった対策会議の専門家への失望、一刻を争う国家の危機への対策・外部専門家の登用

3月12日15時36分1号機建家で水素爆発。その直前まで「水素爆発は起こりません」と聞かされていた首相にとっては最悪の事態が生じた。NHKが編集した原発事故を検証するための番組、NHKスペシャル「シリーズ原発危機 1回 事故は何故深刻化したのか」(1)の中で、総理はこれまで総理の相談役であり対策会議のメンバーであった原子力安全委員会の委員長や政府の経済通産省原子力安全・保安院長への信頼を失い、次第に研究者や専門家になっている大学時代の友人に頼っていったと述べられていた。

その中の一人、日比野靖氏(北陸先端科学技術大学副学長、内閣官房参与)は、当時、首相が対策会議の専門家へ「(3号機は)今後どうなるのか」という首相の質問をしていたこと、そしえ、だれもその質問に答えられない状態であったこと(それが首相にとって一番の不満であったこと)がNHKの番組で述べていた。

首相は対策会議の外に信頼できる専門家を集め、事故の予測や対策を検討し始めた。国家の大災難となる可能性をもつ重大な局面で、総理は当然の事として、信頼できる専門家を呼び集めた。彼らの意見を聞くことによって、事態の深刻さが明らかになったと思われる。

一号機での「水素爆発」の予測すら立てられなかった対策会議の専門家(原子力安全委員会や保安院)を信頼していては取り返しのつかない事態をさらに引き起こす可能性は十分にあった。つまり、最も恐れる事態、つまりプルトニュームを含む核燃料を使っている3号機の水素爆発やメルトダウンを絶対に避けなければならないと首相は考えていたに違いない。

首相は外部の専門家を内閣官房参与として登用した。3月13日5時10分、3号機の冷却機能が喪失し新たな危機が迫っていた。11時に外部の専門家が内閣官房に呼ばれた。冷却装置が機能しなくなった3号機の今後の事故の進展に関して首相は彼らに意見を聞いた。彼らから深刻な事故の予測、つまり3号機の水素爆発は避けられないことが述べられた。


非常事態時に有能な専門家を緊急時に集められないのだろうか

NHKの番組では、この事態について管総理が外部の専門家の意見を聞いて動くことで、本来あるべき原子力安全のための組織、つまり保安院や原子力安全委員会を中心とした政府の行政機能が動かなくなったと述べた。

この問題は、今回の原発事故処理に代表される国家の危機管理の在り方を問う課題であると理解しなければならないだろう。つまり、程度の大きさや重大さを別にして、今後もこうした問題は発生し続けるだろう。ともかく、日本は自然災害多発国家である。その自然環境の中で、日本の社会、経済、生活は運営されているのである。災害に強い国家を作ることが国の基本的な課題になるべきである。

災害に強い国家とは、災害対策に対する専門的知識を持つ人々(人材)の育成(教育)、それらの人々の社会的機能への配置(人的資源の有効活用)、そしてそれらの人々の活動に関する情報公開によって災害に強い国家のための国民的コンセンサスや文化の構築が必要となる。

備えのない所に危機的状況を乗り越える人材も手段も見つからなかったという今回の教訓を忘れてはならないだろう。


首相の苛立ちとして語られた状況に関する検証課題

この首相の苛立ちと表現されてしまった当時の官邸の対応に関する問題を検証しなければならない。

1、 メルトダウンと水素爆発という原子力発電所の重大事故に立ち向かい、後手にまわる対応に対して、首相が苛立つのは当然である。この国家の危機を救うために首相の周りに補佐できる人物が居なかったことは余りにも不幸なことである。

2、 保安院や原子力安全委員会の長は信頼するに値しない対応を取り続けてきた。管総理が彼れの態度を批判するなら、信頼できる専門家を対策会議の中に入れることは出来なかったのだろうか。つまり、信頼できる専門家の意見を保安院や原子力安全委員会の長に聴かせ、不十分な対応しか出来なかったかもしれないが、政府の原子力安全に関する機能を無視せずに、外部の批判の中で、少しでも機能するように動かす方が、多くの政府関係者を動員できたのではないだろうか。

3、 首相がもし保安院や原子力安全委員会の長に対して不信を抱いたなら、思い切って、保安院や原子力安全委員会の長を首相は替えることは出来なかっただろうか。この不信は個人的な不信だけでなく、原発推進を行ってきた経済産業省の中に原子力安全・保安院が存在していること、また原発推進派によって構成されている原子力安全委員会という、構造的な不信でもある。その構造的問題を、この緊急事態の中で解決する時間はない。すると、この組織の中に、これまでの国家が進めて来た原子力行政に対して批判的な専門家、例えば京都大学原子炉実験所の小出裕章氏や今中哲二氏を入れることも可能かもしれない。

4、 原発事故等の国家の緊急事態が生じる場合を想定し、国家の全ての人材を活用するシステムを日常的に構築しておく必要がある。あらゆる分野で有能な専門家がいる。それらの人材バンクを構築し、原子力安全委員会や原子力安全・保安院はそれらの人々を集め、共同作業を企画するコーディネータ的な機能を持つべきではないだろうか。


参考資料


(1)NHKスペシャル「シリーズ原発危機 1回 事故は何故深刻化したのか」2011年6月5日

(2)『メルトダウン 福島第1原発詳細ドキュメント』 サンデー毎日 緊急増刊3 2011年6月25日号 89p 写真資料



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東日本大震災関連ブログ文書集

1、ブログ文書集「原発事故が日本社会に問いかけている課題」目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/06/blog-post_3562.html

2、ブログ文書集「東日本大震災の復旧・復興のために 震災に強い社会建設を目指して」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html
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2011年6月12日 誤字修正
2011年6月22日 文書追加

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