2011年3月9日水曜日

PBL 参画型教育法 UCSFのPBL・教育課題とJICAの地域開発プログラム

科学技術文明社会での大学改革の課題(3)


三石博行


大学・社会改革プログラムとしての参画型教育 

2008年4月と2009年4月の二回にわたり、龍谷大学高等教育開発センターは、UCSF(カルフォルニア大学サンフランシスコ校)とUCB(カルフォルニア大学バールレイ校)のマーク・ケビン教授を招待してFDサロン(講演会)を開催した(1)。


この講演会は、河村能夫教授(2)(当時、龍谷大学高等教育開発センター長)が組織したもので、司会と解説(英語)を河村能夫氏が行った。ケビン教授の2回に亘る講演と交流を通じて、アメリカの最先端の大学教育を知る機会を与得ると同時に、PBLによる参画型教育の方法は、大学教育だけでなく、社会開発の方法として有効な手段であることを理解した。

ケビン教授は、2008年4月の第一回の講演の後で、PBLはコスト安で大学医学教育を可能にするため、発展途上国でPBLを普及する予定を述べた。そして、実際、2009年からケビン教授はアフリカの大学医学部でPBL教育を指導する実践活動に入っている。

河村能夫氏も、参画型開発を地域社会開発論の実践的研究課題として、長年取り組んできた。インドネシアでのJICAプロジェクトで、1990年代後半から2000年にかけて、貧困対策を進める地域社会の取り組みを支援する参画型開発支援活動を実践し高い評価を得ている。(3)

Problem Based Learning(PBL)は学生の学ぶ姿勢を教える「参画型教育法」として注目をあびている。そして、問題解決に挑む姿勢(参画型の教育の目標)は、そのまま、先進国が進めてきた発展途上国経済支援活動の姿勢、方法や手段となっている。経済支援を通じて課題になっていたことは、発展途上国が独自に経済社会発展の道筋を作り出すために必要な支援活動の方法とその支援技術であった。つまり、参画型開発援助は、支援目的を支援される側が独自に持続可能な開発事業を展開する方法と姿勢を学ぶ機会として位置付けているのである。

この参画型支援の課題は長年検討され続けてきた。先進国の政府が行った1970年代の発展途上国の開発支援の効率の低さを批判的に検証し、1980年代に入るとヨーロッパの国々ではODA型の開発援助からNGO型の開発援助へと支援のあり方を変えた。そして、日本ではJICAのプロジェクトの中で、参画型開発支援方法が検討されてきた。この参画型の社会開発支援がすべての発展途上国の支援方法となっている訳ではないが、支援の経済的効率を高める目的を果たすために、参画型開発援助が提案され、実行されてきた。

河村能夫氏は、長年携わってきたJICAのプログラムから「学ぶ姿勢を教える」PBL方式の教育法を大学教育改革に取り入れてきた。片方、ケビン氏は医学教育改革の成果、UCSF方式PBL法を発展途上国の医学教育に取り入れようとしている。つまり、開発社会学の研究からたどり着いた参画型開発と医学教育改革が辿り着いたPBL方式、二つの異なるフィールドで展開した参画型行動のための知的生産の技術が共通した教育法・社会組織法に辿り着いたのである。非常に興味深いのは、二つの異なる課題から共通した方法が提案され、その二つの方向が融合したことである。

つまり、大学でのPBL方式授業の開発や参画型社会開発による先進国の経済社会援助に共通する課題は、知識を恒常的に学び続けなければならない社会に我々が存在することを意味するのである。現代の社会にとって最も大切な知的生産の技術とは「学び続ける姿勢」であることを物語っているのではないだろうか。

 
医学教育改革の背景にある先端医療の進歩

CUSF(カルフォルニア大学サンフランシスコ校・医学大学院大学)では、入学者から13名ほどを選抜して、Problem Based Learning (PBL)(4)とJoint Medical Program(JMP)(5)を行っている。このUCSFのProblem Based Learning(PBL)では学生がすべての授業を運営し、それを教員はサポートする。また、PBLを受ける学生は、必ずJMPも行う。このJMPとは、UC Berkeley(カルフォルニア大学バークレイ校)とUCSFが共同で行う教育プログラムで、UCSFの医学生がUCBの修士課程を修得するために作られたものである。


アメリカではPBLによる教育が一般化している。多くの大学がPBL方式の授業を行っている。ハーバード大学医学部が医学教育は有名である。UCSF は、さらにハーバード方式を改善し、医学生が他の専門教育分野での修学を可能にしたJoint Medical Program(JMP)、つまり修士課程のダブルメジャーを可能にする教育プログラムをPBLに組合させ高度な医学教育を行っている。

今日の医学教育では、先端科学技術を駆使した医療技術や新しい治療法の開発が過去に例を見ないスピードで進行している。先端医学研究を取り入れて進む医療現場では、基礎医学知識を理解した臨床医学研究が求められる。つまり、基礎医学知識が無ければ新しい臨床医学を取り入れることが不可能となっている。

こうした先端医学研究開発の流れに対して、大学での医学教育の改革が求められている。つまり、伝統的な医学教育では、基礎医学科目教育と臨床医学科目教育は相互に関連していなかった。その理由は、医学が医術という臨床医学の伝統的な流れと、基礎医学、特に生理学や医化学は寧ろ理学研究分野の流れが別々に存在し、臨床への活用を一次的課題としない基礎医学研究がされていた歴史がある。そのため、基礎医学研究に進む医者は臨床とは無縁となる。また、臨床医学を行う医者は基礎医学への興味は薄くなる傾向があった。

今日の医学教育では、基礎医学と臨床医学の一環教育が求められている。その条件として、基礎医学分野と臨床医学分野の教員研究者が先端医療開発に関して理解していることが前提となる。つまり、臨床医学の側では臨床開発に必要な医学基礎知識の修得と、基礎医学の側では先端医療開発のための医学基礎研究の視点の臨床と基礎の相互補完関係が必要となっている。即ち、アメリカの大学医学部での教育改革、ハーバードやCUSFのPBL方式での医学教育の導入は、基礎医学と臨床医学の共同研究体制を前提にしながら可能になった教育改革であると理解出来る。


問題解決のための方法、姿勢を身に付ける教育・PBL教育の目的

UCSFでのPBLは、専門教育過程の教育がPBL方式で行われている。基礎医学と臨床医学の全ての医学分野を80に分類し、その全ての課題をPBLで行っている。一つの課題授業に関して2週間の期間を設け、4年間の授業が行われる。


簡単にその授業のやり方を説明する。まず、患者と接する。その患者の治療を巡って授業課題が決定される。その授業課題の最初の授業で、PBL方式で学ぶ学生たちは大学付属病院で患者に接する。そして、治療を行うために必要な知識について話し合う。チームで必要な知識を探す。チームの一人ひとりが必要な知識の収集を担当する。

例えば、医学以外にも、必要があれば社会医学的、心理学的、社会学的課題に亘って知識を集める。チームでそれらの知識を持ち寄って学習会を繰り返す。それぞれの担当者は、患者の治療に必要な知識を他のメンバーが学習できるように教材を作成する。その教材はネットワーク上に作られているPBLチームの共同サイトに投稿し合い、他のメンバーに配布することが出来る。そして、これらの教材を活用しながら学習活動を進める。

PBL学習チームでは、最初の授業で示された患者の治療に必要な知識を収集し、まとめ、学習し合い、すべてのメンバーの持ち寄った知識を総合的に理解し、検討し、患者の治療を計画する。例えば、先端科学技術を使った臨床検査が必要なら、その機器に関する物理学的、工学的、情報科学的な知識についても調べなければならない。

また、遺伝子工学や分子免疫学に基づく治療が必要なら、分子生物学や免疫遺伝学の知識を学ばなければならない。さらに、ホームレスのHIV(エイズ)の治療が問題になれば、医学的知識だけでなく、患者の社会学的背景、心理的問題、倫理学的な諸側面も治療と関係することになる。

つまり、チームでは治療に必要となる知識について学ぶ。学ぶ作業を問題解決の方法として位置付け、問題解決のために学ぶためのプログラムを作る姿勢と能力を身に付ける。これがPBL方式の最終的な教育目的となる。

 
PBL式知的生産の技術

高度に進歩し続ける社会、先進国や発展途上国の社会経済の様相を急激に変貌させようとしている科学技術文明社会の中で、求められている生産者の能力や仕事への姿勢は、問題解決力のある知性であり、そのためにつねに学び続ける姿勢である。つまり、その姿勢を身につけることが、今の社会が最も力を注ぐべき教育課題となる。つまり、「学ぶ姿勢を身につける方法」が、現代社会の知的生産の技術の中で最も重要な課題の一つとなっている


学ぶ姿勢は自律的な学習姿勢であり、学びたいと思う内発的な学習要求によって形成される。この教育方法の開発は、受身の学習方法から能動的な学習スタイルを目指すものである。これまで、この学習方法を研究し、特に大学コンソーシアム京都では、長年PBL法による教育研究開発が取り組まれてきた。「フィールド調査や企画立案実習を通して京都地域に貢献する科目」としてPBL科目を提供している(6)。また、京都では山田和人教授を中心とした同志社大学のPBL推進支援センターの活動も報告されている(7)。

学ぶ姿勢を身につける教育は、教える側が教えられる側について理解することが前提となる。この教授法の開発は、教える技術だけではなく、学習過程の心理学や認知科学的な研究、さらには学ぶ意欲に関する研究も必要となる。そして何より、学生や社会人が潜在的に持っている「学びたい」という気持ちを引き出す教師の教育者のこころが問題になるだろう。

その意味で、PBL式知的生産の技術に関する教育研究開発課題は、これまでの教育学の伝統的な方法論や学問の変革を前提にして展開される可能性がある。そして、この教育法の開発が、教養教育重視型大学の教育開発研究所の重要な課題の一つになることは言うまでもないだろう。


参考資料

(1)龍谷大学教育開発研究センター主催 河村能夫教授の司会及びKevin教授との共同討論による「KEVIN .A. MACK 先生(カリフォルニア大学 サンフランシスコ校 教授)2007-第2回
「Leveraging Inquiry into Knowledge-Where's my syllabus? 」
http://www.ryukoku.ac.jp/faculty/fd/salon/sa_2007.html#02

(2)河村能夫 龍谷大学教授 アメリカ コーネル大学社会学博士(Ph.D.)
http://kawamuraoffice.web.fc2.com/profilejp.html
http://www.ryukoku.ac.jp/who/detail/691682/

(3)龍谷大学 JICA課題解決促進型集団研修コース
http://www.ryukoku.ac.jp/src/report/
http://www.ryukoku.ac.jp/about/pr/publications/68/09_hotangle02/index.htm

(4)UCSF helps Problem Based Learning (PBL) in Vietnam Medical Schools
http://vmgus.org/forum/index.php?topic=109.0

(5) UC Berkeley – UCSF Joint Medical Program in Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/UC_Berkeley_%E2%80%93_UCSF_Joint_Medical_Program

(6)2011年度 京(みやこ)カレッジ 京都力養成コース
http://www.consortium.or.jp/cmsfiles/contents/0000001/1704/youkou.pdf

(7)『未来を切り開くPBL 「教育」の壁を越えて シンポジューム・レポート 2010.2.20(土)』
http://www.doshisha.ac.jp/academics/institute/ppsc/pdf/ppsc_100220sympo.pdf




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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/04/blog-post_6795.html
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修正 (誤字) 2011年3月9日






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