2011年3月19日土曜日

危機管理と安全管理の独自性と連関性

現代社会での危機管理(1)


三石博行


「危機管理」の社会科学的意味

一般に、危機とは突然現れた好ましくない事象を意味する。従って、「危機感」とは観察者が主観的に感じている予測出来なかった好ましくない事象に対する感情である。好ましくない事象に対して抱く否定的感情の程度によっては、不快、不安、恐れ、恐怖という用語で説明される。

観察者を取り巻く好ましくない事象を「危機的状況」と呼ぶ。そして、観察者は好ましくない事象を言葉で表現できる場合と言葉で表現できない場合がある。例えば、好ましくない事象を言語化できる場合には危機的状況を「あるもの」として語ることが出来る。しかし、それを言語化できない状態では「なにものか」に対する不安、恐れや恐怖という感情となる。

つまり、一般に我々が語る「危機」の意味は、心理的要因から社会的要因までを含むのである。

危機管理(リスクマネージメント リスク管理)に関する社会科学的研究は、特に、環境破壊や汚染防止に関する法学や経済学的研究、企業の危機管理、災害に対する危機管理に関する経営学的研究等がある。これらの社会科学の中で危機管理の概念が述べられてきた。(1)

社会科学系の危機管理に関する先行研究の中で定義されてきた「危機管理」の「危機」の概念は以下の二つにまとめることが出来る。(2)

1、 予測不可能な好ましくない事象 (予測不可能 )

2、 何らかの対応策が緊急に必要となる事象(緊急性 対策不可能)

つまり、まず、好ましくない事象の緊急性とその状況への対応に関する無知の状態を危機と位置付ける。そして、その危機に関する「管理法・対策・政策」を危機管理と呼ぶ。これが、今日の社会科学で使われている危機管理の概念とされている。


安全管理(事故防止対策)と異なる事故対策(危機管理)

上記した社会科学の中でこれまで使われてきた「危機管理」の意味から、危機管理の概念は非常に広い意味で使われている。例えば、災害予防(防災)、安全管理、災害後の対策まで危機管理として語られる。一方、安全管理の概念も同様に広い意味で使われ、危機管理と安全管理の明確な概念的区別は存在していない。

しかし、現実の災害対策では、災害に対する予防措置と災害後の対策は明確に区分されている。そこで、我々は、災害防止(防災)を目的にした対策を安全管理とし、その安全管理が破られ災害が発生した後に、罹災者の救済、二次災害防止等に関する対策を危機管理として、二つの概念を峻別した。つまり、前節では、安全管理と危機管理の違いについて述べた。(3)

まず、安全管理の意味について述べる。安全管理とは一言で述べるなら、災害からシステムを守るための対策である。事故防止の対策を安全管理と考える。防災対策も安全管理の一例である。つまり、地震に対する建物の耐震強度の基準を法律で決めることは、震災予防対策であり安全管理の中に含まれる。また、洪水に対する堤防の強化工事は水害予防対策であり、同じようにこれも安全管理の一例であると言える。安全管理に関しては、前節「現代社会での安全管理」で述べた。(4)

次に危機管理の意味について述べる。危機管理とは安全管理のシステムが破壊された時の対策である。事故や災害の予防対策では発生した事態に対応し解決できない状態が生じる。その場合に取らなければならない緊急処置は大きく二つある。一つは罹災者の救済であり、もう一つは二次災害の防止である。

例えば交通事故では、救急車を呼び負傷者を病院に運送し人命救済を行う。そして同時に交通事故が引き起こす二次災害(交通事故、車両火災、交通渋滞)を防止する。これが事故や災害が発生した後に取られる対策・危機管理である。つまり、事故・災害後の被災者救済と二次災害防止対策が危機管理に含まれる。


二つの事故対策課題・救済と二次災害防止

完璧な防災システムの構築は不可能である。防災システムの崩壊は、畑村洋一郎氏が「失敗」とは期待値に至らなかったと評価された値であり、すべての行為に確率的に付随する評価であると考えるように(5)、事故や災害防止のシステムの崩壊(機能不全)はすべてのそれらのシステムの機能上、確率的に発生する事象であると考えなければならない。

言い換えると安全管理の故障や崩壊はすべての安全管理システムに組み込まれている確率的な発生事象である。予防対策を講じる場合に、同時に必要な対策としてその予防対策の前提条件を超えて生じる事故や災害の発生への対応策、つまり事故や災害の発生後の対策である。この対策を危機管理と呼んでいる。危機管理は災害や防災システムの崩壊によって生じる罹災者(負傷者)の救援や二次災害への対応策である。

例えば、洪水や津波による堤防や防波堤の決壊(防災システムの崩壊と機能不全)つまり災害による被害者救済と、浸水や洪水によって引き起こされる二次災害の防止、例えば、今回の東日本大震災で経験したように、火災、原発事故、周辺社会インフラ機能麻痺・運輸機能不全、電力や燃料不足の発生等々、避難所での疾病発生、衛生環境問題、救援物資不足等々が挙げられる。

あるシステムの安全管理の崩壊によって、そのシステムでの危機管理が起動する。その危機管理の機能は、そのシステム内で発生した被害者(負傷者)の救済や犠牲者の処理等、被害への対応策とそのシステムの崩壊によって生じるそのシステム内の別の災害発生やそのシステムの外に波及して誘発される他の災害への予防策、つまり二次災害防止対策の二つの課題を抱える。


危機管理と二次災害対策(安全管理)

つまり、危機管理は、二次災害防止対策と呼ばれる新たな安全管理を課題にしている。危機管理を考える場合、罹災者の救済対策と二次災害防止対策を峻別して対応する方が危機管理を効率よく敏速に運営できる。

罹災者救済とは、被害を受けた人々の人命救助、健康・衛生環境維持、生活資源の確保である。これらの活動を総称して教護・救援活動と呼ぶ。

二次災害防止とは、事故や災害によって誘発される災害で、東日本大震災(東北関東大震災)時の東電福島原発事故は典型的な二次災害である。地震と津波によって生じた原発の事故とは、東電が福島第一原子力発電所(東電福島第一原発)に設定していた原発事後防止機能の崩壊と機能不全を意味する。発電機能を失う状態が東電にとって原発の事故による損失である。つまり、東電の原発事故の主な意味は福島第一原子力発電所が発電停止になったことである。

当然、地震によって発電停止になった原発は、単なる発電機能不全ではすまない。何故なら、その発電の仕組みはウランの核分裂による巨大な熱エネルギーを蒸気の力に変えて電気を作るのであるから、巨大な熱発生から生じる二次災害、つまり原子炉内の加熱状態やその周辺の影響によって生じる事故が予測される。事故によって生じた発電停止(事故)を原因として、新しい事故発生の可能性が生まれる。この新しく生じる事故への対応を二次災害対策と呼んでいる。

原発事故に限らず、すべての事故では、必ず二次災害を引き起こす可能性がある。事故とは一種の機能性と構造性の崩壊過程である以上、最終的な崩壊状態まで事故は進行し続ける。

道具の故障と原発の事故を比較すれば、システムが大きくなるに従い、事故は複雑になることが理解される。つまり、システムの機能停止状態から、次々と新しい事故が誘発され、事故はシステム機能の中断から決定的な死に至るまで進行する異なる段階と過程を持つ。丁度、軽い病気で働かなくなった身体が、次第に重い病気に罹り、そして最後は死を迎えるように。

このように、複雑で巨大な系では、軽い故障から重大な事故、そして系の崩壊とその環境への重大でネガティブな影響、その影響による環境での事故の誘発等々のように、複雑な人工物は生物と同じように、その機能不全状態が、その機能と構造が壊滅する幾つかの過程に階層化されることになる。

例えば、原子力発電所でも、発電能力を失った段階から、発電所の火災、水素爆発、建屋の崩壊、放射能汚染拡大、炉心溶融、原子炉崩壊、重大放射能汚染と事故は進化し続ける。そして、最終的には、その原子炉での活発な核反応が中止するまで事故は連鎖し続ける。

原子炉が発電機能を失った状態(事故発生)から次の事故(火災発生等)が発生することを二次災害と考える。二次災害は事故発生によって必ずしも生じる訳ではない。何故なら、原子炉停止事故に付随して生じる事故対策(安全管理)が行われていれば、二次災害は生じないからである。換言すると、二次災害防止対策でも食い止められない結果が水素爆発や火災事故という事象である。

つまり、津波や地震による原発停止(事故)に起因して生じる二次災害(火災事故等)への対策、つまり水素爆発防止や火災防止の対策が不十分であったか、もしくは二次災害防止システムが機能不全を起こしていたことを意味する。

また、同時に原発の事故よって被災者が生まれる。その被災者の救援・救護体制が二次災害での危機管理となる。そして、水素爆発や火災によって誘発される三次災害、例えばさらに炉心からの高熱の発生や、高温の金属(炉心や使用済み核燃料)が水と反応することでさらに多量の水素が発生し、そして水素が空気と触れ大爆発を起こし、建屋等が完全に崩壊する。そして、最悪の事態では、原子炉内の燃料棒の溶融が起こり、多量の放射性物質が外に漏れることが予測される。

原子力発電所のように巨大なシステムでは、災害過程は複雑となる。一次災害(地震による原子炉停止・事故)が二次災害(津波による冷却機機能不全)を起こし、それが三次災害(冷却装置の故障による原子炉のオーバーヒート)を起こす等々と、事故は次第に大きく重大になる。このようにして、事故の連鎖が進み、最終的に重大事故となる。


危機管理と安全管理の連関性

先ず、システムを運営するためには、そのシステムの安全管理体制が造られる。大雨、地震や人的ミスがあったとしても災害や事故に繋がらない状態を安全管理が機能していると言う。しかし、そのシステムがそれらの状況によって機能しなくなる。これが事故や災害である。これらの機能不全状態はゼロと100%の中に組み込まれる。つまり、全く何もない状態から全然機能しない状態の中にある確率的事象であり、事故は被害の程度と呼ばれる量的尺度をもって評価される。

システムが機能しなくなる可能性を考え、その対策を事前に準備して置く事を危機管理と呼ぶ。つまり、危機管理とは事故発生後の対応策である。それには、被災者(負傷者)救済対策と二次災害防止対策の主に二つの対応策があると考える。言い換えれば、危機管理として、災害後のシステムの状況に合った災害防止策が検討されることを意味する。

システムの機能が失われつつある状態、つまり機能不全への移行段階で生じる新たな二次、三次と連鎖して生じる災害を予期し、その対策を検討し、それに必要な資材、補助機能、援護システムを用意しておく必要がある。多重階層的な罹災者救済対策と災害防止対策からなる危機管理の構成を図1に示す。


図1 多重階層的な罹災者救済対策と災害防止対策からなる危機管理の多重構成
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事故→ 罹災者救済
    二次災害防止→ 事故→ 二次災害罹災者救済
   (危機管理)           三次災害防止 → → 事故→ 三次災害罹災者救済
                     (二次危機管理)          四次災害防止  → →
                                         (三次危機管理)
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特に、巨大なプラントを持つ生産システムの危機管理とは、二次災害防止(二次安全管理)、三次災害防止(三次安全管理)と、システムが完全に機能不全に陥るまで、その事故の進行状況や進行段階に適応した事故防止策を準備することを意味する。図1に示したように、事故や災害進行過程に必要な、段階毎の災害防止策(多重階層的な安全管理)を準備したものが、総じて危機管理と呼ばれるものである。

つまり、それぞれの段階で取られた災害防止対策が機能しなくなった段階で、新たな事態が発生し、事故や災害の状況は変化する。その状況で生じる被害者のための救済措置が必要となる。その救済措置とさらに次の段階に災害が進行しないための災害防止策が検討される。

つまり、二次災害の状況から考えられる危機管理が生まれる。これを二次危機管理と呼ぶことにする。二次危機管理の課題は、二次災害罹災者救済対策と三次災害防止対策である。

そして、さらに三次災害防止対策で制御できない状態で事故が進行する。その事故を想定して三次危機管理が立てられる。


東電は危機管理をしていなかった

このように、事故が段階的に進行することを予測し、それぞれの段階で安全管理と危機管理を構築する必要が生じる。図1は、それらの多重階層的な罹災者救済対策と災害防止対策からなる危機管理の多重構成を示したものである。

巨大なコンビナート、原子力発電所、都市、社会インフラなどの巨大な生産や生活システムでの災害では、一つの事故が副次的に、そして連鎖的に新たな事故を生み出し、二次、三次、四次と多重に災害が連鎖進行し続ける。それらのシステムが完全に崩壊するまで事故は進行し続ける。そのため、図1に示したように、多重の被災者救援と防止対策を構成する危機管理と安全管理の連関構造が必要となる。

その意味で、東電は危機管理を考えていなかったことが、今回の東日本大震災(東北関東大震災)時の東電福島第一原発事故で明らかになったといえる。二次災害で被爆者となるのは救済活動に参加した東電職員、自衛隊、警察、レスキュー隊や近隣の市民である。これらの被害者の救済対策までを東電が準備していたとは思われない。また、炉心溶融に至るまでの段階、冷却装置を動かす電源確保を事前に検討していた訳でもなさそうである。そのことから、東電の責任の重大さが問われることは避けられないだろう。

また、同時に事故の初期段階で、東電の対応に対する政府の対応にも問題があった。東電の冷却装置の故障への対応に対して、最も大切な初期段階では、経済産業省の「原子力安全・保安院」は東電の対策をそのまま受け入れていた。その対応は今から見れば誤りであった。つまり、東電に対して、厳しい姿勢を取れなかった経済通産省の原子力行政や体質を検討する必要がある。



参考資料

(1) 槌田和弘 大塚直監修 『環境リスク管理と予防原理 –法学的・経済学的検討』 2010年6月、396p 
吉井博明 田中敦 『災害危機管理論入門-防災危機管理担当者のための基礎講座』 シリーズ災害と社会 第3巻 2003年4月、弘文堂

(2)ロジャー・コングレント 「危機管理の政治経済学 ‐政治的意思決定における合理的選択、無知、そして拙速‐」 
http://rdc1.net/forthcoming/Toward%20a%20Political%20Economy%20of%20Crisis%20Management%20(Japanese).pdf

(3)三石博行 「市場経済的視点からみる安全管理 大津波対策は可能か ‐現代社会での安全管理(1)‐」2011年3月15日  
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_15.html

(4)三石博行 「現代社会での安全管理」   2011年3月17日
1、市場経済的視点からみる安全管理 大津波対策は可能か
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_15.html
2、自由主義経済の中での社会政策・安全管理の意味
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_9774.html
3、社会政策としての安全管理 原発事故防止や大津波対策の可能性を求めて
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_2687.html

(5)三石博行 「畑村洋太郎著『決定版 失敗学の法則』第一章「失敗学の基礎知識」のテキスト批評」
http://mitsuishi.blogspot.com/2010/11/blog-post_6897.html

三石博行 「東電原発事故 国は徹底した情報開示と対策を取るべきである ‐畑村洋太郎 失敗学の基礎知識に学ぶ-」
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_16.html


  
修正 (誤字、文書追加) 2011年3月20日 


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ブログ文書集 タイトル「東日本大震災に立ち向かおう」の目次
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_23.html


目次 現代社会での危機管理 

1、「危機管理と安全管理の独自性と連関性 -現代社会での危機管理(1)-」 
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_19.html

2、「企業、行政主導の危機管理体制の必要性、その限界への課題(市民ボランティアの役割) -現代社会での危機管理(2)‐」 
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_21.html

3、「災害ボランィア活動を生み出す文化的土壌としてのコミュニテイ・市民運動 ‐現代社会での危機管理(3)-」 
http://mitsuishi.blogspot.com/2011/03/blog-post_22.html 

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