2011年3月8日火曜日

知識の涵養を可能にする基礎的学力・「学ぶ姿勢」の修得

科学技術文明社会での大学改革の課題(2)


三石博行



大衆化する高等教育の課題

すでに前節で述べたように、科学技術文明社会では、第四次産業(研究開発産業)が社会経済生産機能を牽引し、高度に発達した知識社会によって発展し続ける。教育は、この社会では最も需要な社会的活動となり、教育機関はその機能を果たすことを要請される。この社会では、これまでと異なる高等教育の課題が発生することになる。つまり、その四つの課題を以下に示す。

1、 高度な専門的知識を理解し展開できる専門基礎学力が求められる。

2、 高度に分業化した知識社会の全体を理解する横断型(理系・社会系・文系の領域を超えた)幅広い知識が求められる。

3、 具体的な問題解決力を発揮する知性が求められる。

4、 先端科学技術の知識や高度な専門知識を生産する社会構造を幅広く支える国民の知的教養レベルが必要となる。

結論から述べると、この四つの課題を高等教育課程で実現するためには、長期的な学習期間が必要となる。つまり、これからの社会では学習期間が延びることになる。

現実に、現在では殆ど100%の中学生が高等学校に進学し、2010年度から公立高校授業料の無料化が実施されている。今後、教育準備期間はさらに延び。100%の高校卒業生が大学に進学する時代が2020年までには来るだろう。近い将来の大学全員入学時代では、今回の高校授業料無料化と同じように国立及び公立大学の授業料無料化が行われるだろう。

長期化し続ける学習期間は、逆に、社会生産能率を下げることになる。そのため、長期化する学習期間を出来るだけ抑える教育制度や教育方法(技術)の開発は必要となる。

その課題を解決するためには、中等教育で生じる学力の個人差を是正する制度が必要となる。落ちこぼれる生徒達をいつでもどこでも救済しつづける教育制度(高校基礎学力リメデァアル制度)が無ければ、大衆化する大学教育を支えることはできない。


大衆化する大学教育を支える高大連携でのリメディアル教育とAP

大学教育の大衆化によって、人々の教育準備期間が延びる。社会生産の効率を上げるためには、教育期間を短縮し、濃厚な学習を可能にする効率の高い学習方法を開発しなければならない。そこで、専門基礎学力を早く育成するために必要な二つの課題を挙げる。

1、 専門基礎学力を身につけるための基礎学力のリメディアル教育

2、 専門基礎学力を身につける機会を与えるAP(Advanced Placement)の導入

この二つの異なる課題は捉え方と進め方によって一つの課題に纏まる。

まず、大学教育に必要な基礎学力教育である。例えば、アメリカでは大学で必要な一部の基礎学力リメディアル教育はコミュニティ・カレッジで実施されている。しかし、日本では1990年以降の大学改革で、公立短期大学は殆ど四年制大学になったため、高等教育に必要な基礎学力のリメディアル教育のために短期大学を活用できないし、また新しくアメリカのコミュニティ・カレッジに類似した公立短期大学を再び創ることも出来ない。

そこで、現在の公立高等学校にリメディアル教育を行うクラスを創り、高等学校までのリメディアル教育(高校基礎学力リメディアル教育機関・高校基礎学力補習クラス)を行うことを考えなければならない。言い換えると、基礎学力教育を支える中等教育改革が進まない限り、その上に成立している高等教育改革は進まないのである。高校で中等教育卒業までに必要な基礎学力のリメディアル教育が行われることで、大学全員入学時代の高等教育の基盤が確立する。

また、アメリカでは公立高校では移民労働者や外国人のために英語教室が夜間開かれている。日本でも、これから公立高校で外国人のための基礎日本語教育を行う必要もあるだろう。リメディアル教育のために公立高校の機能をより発展させることが必要となる。つまり、中学校レベルの基礎入門学力の補講も、高等学校のリメデァル教育機関で担うことが可能になるだろう。そのことによって、日本に移民してきた多くの外国人の日本社会への帰化を促進することが出来る。

他方、大学でも、入学した学生のリメディアル教育を行う。その方法は大学の学部教育に必要なリメディアル教育となる。それらの特徴は高校での基礎学力補講に比べてすこし専門的な基礎知識を教える教育となる。また、同時に正規の専門教養科目へのリメディアル教育を行う必要がある。

大学が準備した専門教養課目の補講(リメディアル教育)を地域の公立高校に提供することで、高校生のAPの受講が可能となる。つまり、地域の公立高校と大学が連携しながら基礎学力補講と専門基礎学力補講・AP(高校生の大学授業科目の単位取得制度)の科目提供を同時に進めることが出来る。

高校にAP制度を導入する意味についてはすでに述べたが、ある特殊な科目に興味を持つ生徒の能力を十分に発揮させることを教育制度としてサポートすることである。専門化の進む社会では、ある能力に長けた人間が必要である。その意味で、ある一つの分野であっても、その分野に興味を持ち、学習したいと思う生徒に対して好きなだけその学問的興味を満たす制度が必要である。それがAPである。

大学は専門教養力を十分に教育するための専門教養リメディアル教育を学部教育と平行して、例えば教育開発研究所(教養教育機構)が行うことも可能である。その教育は学部学生の授業終了後、つまり夕方に行うことで、高校生も参加し、APを取得することが出来るのである。

基礎学力のリメデァル教育を地域の公立高校と連携して行い、同時に大学での専門教養学力のリメディアル教育を教養教育研究機関が学部と連携し、それを地域の高校に提供することでAPと学部教養専門教育のリメディアル教育も可能になるのである。


高度な専門教育と複数専門教養教育の早期修得

アメリカのように、高校でAPの制度を使い大学授業科目単位取得を多く持っている生徒は、当然、大学受験でそれを評価されることになる。このことによって、以下に述べる高等教育の課題が可能になる。

1、 学部(専門教養教育課程)卒業を3年に短縮できる。

2、 同時に二つ以上の学部を卒業出来る。

つまり、上記した問題の中で長期化する高等教育を短期化することが可能になる。そして、このことによって、さらに二つの課題の解決が可能になる。

1、 一つ目は、学部卒業を一年早くすることで、大学院に早期入学し、高度な専門的知識の修得期間を短縮することが出来る。そのことで、高度に分化した専門分野の知的生産に参加する年齢を早めることが出来、その意味での社会的貢献を果たすことが出来る

2、 もう一つは、ダブルメジャーによって、大学四年間で二つの専門教養教育を終了することが可能になる。二つ以上の学問的知識を身に付けることによって、発展し続ける学際的研究領域の仕事を理解し展開するための基礎的知識が得られる。このことによって、高度に分業化した知識を横断的に理解する力を身に付けることが出来き、そして社会が必要とする問題解決型の学際的研究に貢献する人材育成が可能になる。

科学技術文明社会では高度に分業化した専門知識を必要としている。上記した専門教養科目のリメディアル教育制度を活用した高校生のAP制度による大学の科目単位修得によって専門教育課程を早く終了する学生が出てくる。それらの学生は、大学院での専門教育を早く受講できる。

また、他の専門教養課程の科目を受講しその専門教養課程を修得することも可能となる。二つの異なる専門教養教育を終了することによって、高度に分業化した社会で、専門分野の相互連携を作り出す専門家、学際的研究、横断型研究、融合型研究を専門とする人々の教育が可能になる。


新しい知識の涵養・内発的教育

科学技術文明社会では、先端的な研究がなされ、常に新しい知識が開発され続けられる。大学は大衆化し、殆どの人が大学を卒業し、しかも、生涯学習し続けなれれば社会進歩について行けないことになる。例えば、最近20年間の目まぐるしく進歩してきた情報処理や通信技術によって、情報化社会が形成された。世代毎の情報処理能力の格差が生まれている。

例えば、高齢者になるに従って、パソコンを操作できない、インターネットを活用できない、マルチメディア情報処理ができない、携帯電話でインターネット機能を使えない、ホームページを作れない、ブログを書けない人々が増加する。そして、これらの新しい技術に馴染めない人々は情報化社会から取り残されることになる。

新聞の紙面も、新しい科学技術用語が日常的に使われる。例えば、情報関連の用語、そして新素材関連の用語、ナノチューブ、光電効果、発光ダイオード、再生医療、es細胞、ips細胞、レアーメタル(希少金属)、レアーアース(希土類元素)等々、それらの科学技術用語と先端科学技術の理解を前提に日常的な社会生活が営まれる。それらの知識を吸収しなければならない。しかし、物理学、化学や生物学(特に分子生物学や遺伝子学)の基礎知識がない場合、理解は困難である。

科学技術の知識を持つことが、理科系の技術者ばかりでなく、営業や経営に携わる人々にも必要とされる。人間社会科学系の専門教養教育課程を卒業した人々も企業で働く以上、科学技術の知識を学ばなければならない。

例えば、先端的な分子免疫療法を行うクリニックでは、患者から電話相談を受けた受付の事務員は少なくとも、患者にクリニックを紹介するために、クリニックが行っている免疫細胞の培養技術、免疫学、医学の簡単な知識を持っていなければ仕事にならないだろう。つまり、学生時代に医学や免疫学を勉強したことが無かったとしても、その職場で働くためには免疫学の基礎的な知識とそのクリニックが行っている先端医療技術に関する知識を理解しなければ、仕事は出来ないのである。

同じように、会社で広報を担う場合、インターネットの知識、ホームページ作成の知識が必要となる。それらの新しい知識を仕事を通じて学び、そしてより専門的な情報ネットワークの知識を身につけることで、広報の仕事の質を上げることが出来るのである。そのためにはインターネットに関する基礎的な知識が必要となる。

このように知識社会では、大学での教育の基本理念は、高度な知識や技能を教えることだけでは不十分である。何故なら、それらの知識も技能も、10年も経たない内に、古くなるからだ。大学で教えた新しい知識の半減期は、益々短くなりつつある。これが科学技術文明社会の姿であり、その社会の中での大学の姿でもある。では、この社会の中で、高等教育は何を課題にすべきなのだろうか。そのことが現在の大学教育の課題である。

大学教育の三つの課題の中に、学ぶ姿勢を教える課題があった。そして、現在の大学教育では、「学ぶ姿勢を教える」教育が非常に重要になっている。何故なら、科学技術文明社会では、生涯学び続ける行為、知識を涵養するライフスタイル、つまり「学ぶ姿勢」「学ぶ方法や技能」を身につけるための訓練、教育が必要とされているのである。これを「内発的教育」「自律的教育」と呼んでいる。この内発的教育を行うために活用されている方法としてPBLがある。




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ブログ文書集 タイトル「大学教育改革への提案」の目次
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修正 (誤字) 2011年3月9日





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